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高学歴ワーキングプア

2009 05 04
文系で修士課程、文理にかかわらず博士課程に行く気の方は必読。
教授になろうとしてる人は、これを読んで、覚悟を決めてから進学するとこと勧めます。

高学歴ワーキングプア 「フリーター生産工場」としての大学院 (光文社新書) 水月昭道 著

人間環境学博士の著者が現状の大学に対して不平不満をぶつけている。
文系で博士課程行く人は覚悟決めた人であり、その後の人生は自己責任だろと考えていたが、本書を読んで100%自己責任とは言い切れないのかなと思いなおした。
ともかく、国の大学院の重点化政策が迷走していることは間違いない。
国公立の大学院博士課程を卒業して、その能力を生かせないのは税金の無駄使いだし、社会的にも優秀な人材の損失だ。
日本の雇用の現状、新卒一括採用が主であり、既卒や博士課程卒は採用されにく現状にも原因がある。

話はそれるが、私は日本の新卒一括採用という雇用慣習は素晴らしいものだと考えている。
新卒はまだまだ実践業務では使えない人材だが、将来性を見込んで教育費をかけ、育て上げる。
一種の社会貢献といえるのではないか?
日本では転職市場がまだまだ未発達なので、一生同じ企業で働き続ける風土がある。
それゆえ、新卒一括採用が成り立つ面もあるが、新卒が早期に離職したら企業は損失を被る。
その一方、新卒で採用さなかった、レールから外れてしまった人たちへは厳しい雇用慣習ではある。

閑話休題

現在は博士卒に対してイメージで使いにくいと考えている企業が多いが、博士卒に仕事をできる実力があれば、自然と雇用環境は改善されていくだろう。
楽観主義的かもしれないが、雇用慣習もグローバル化の中で変化している。現状に比べたら、博士卒によい方向になる可能性は高い。
Googleのように積極的に博士卒を雇用する企業が出てきてもおかしくない。

ただ、今現在ポスドクの方は国策の犠牲者か、自己責任かどうかは分からないが、教授以外のさまざまな道を模索する必要があるだろう。


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グーグル・アマゾン化する社会

2009 05 04
またまた、情報学部生必読本。
どちらかというと、ネットの闇の部分を指摘している。

グーグル・アマゾン化する社会 (光文社新書) 森健 著

先に紹介した『ウェブ進化論』『グーグル Google』と被る内容が多いが、それらとは異なる視点が多々あるので読む価値がある。

「多様化がもたらす一極集中現象」という概念がおもしろい。
文だけ見れば矛盾しているようだが、Webの世界に限らずリアルの世界でも実際に起こっていることである。
検索エンジンはGoogle、ショッピングサイトはamazon・楽天、OSはMicrosoft、映画の大ヒット、CDのミリオンセラー、書籍のベストセラー。
売れているものがメディアに注目され、さらに売れるというスパイラル現象。
マーケティング用語ではティッピングポイント、経済学では収穫逓増といわれる現象により、一極集中化にむかう。
Webは誰もが情報発信でき、必要な情報を収集できるという点でフラットのように見える。
だが本当にそうなのか?
本書を読んで、その答えを見つけてほしい。

この概念にくわえ、本書の第7章ではネット上のガバナンスにつて述べられている。
ネット社会では多様な意見あり、民主主義的な合意形成が得られそうであるが、「集団分極化」「沈黙の螺旋」といった現象により、むしろ意見が偏ってしまう危険性がある。
集団分極化とは、集団討議の結果、討議前の個人の意見よりも先鋭化したかたちで集団決定がなされることをさす。
沈黙の螺旋とは、自分の意見が優勢と認知した人は声高に発言し、劣勢と認知した人は孤立を恐れて沈黙する。その結果、優勢意見はより勢力を増し、劣勢意見はますます少数意見になる。
「群衆の叡智」と対立するこの現象を理解しておかねば、Webへの視点が不十分である。
群衆の叡智には、意見の多様性・独立性・分散性・集約性が条件となることを理解しなければならない。
Webでガバナンスを行う際は、これらの概念をそれぞれ理解しておく必要性がある。


グーグル Google

2009 05 03
グーグル―Google 既存のビジネスを破壊する (文春新書) 佐々木俊尚 著


情報学部生必読の本。
これ一冊でGoogleやそれを取り巻くWeb世界への理解が一気に深まります。


日本の検索エンジンのトップはYahoo!で、2位はGoogle。
Yahoo!は一般ユーザがよく使い、Googleは専門職・アカデミックな人が使う傾向があるとか、どこかの統計を見たことがある。
Yahoo!はポータルサイトとして、ホームユースをターゲットにしてユーザを取り込んでいる。
Googleは技術志向で検索結果の有効性が高いので、専門職・アカデミックな人が好むのだろう。
しかし、世界規模で見ればGoogleのトップシェアは揺るぎない。
これに対し各国は国産検索エンジンを開発する動きがある。。
これは後述するGoogleの支配から逃れるためだ。


Googleの危険性を語るときにまず言われるのは「Google八分」と呼ばれる現象。
本書の中でも触れられているが、簡単に言えば、特定のサイトをGoogleの検索結果に意図的に表示させない様にするとこ。
Googleに表示されないのは、ネットに存在しないのと同意義とも言える。
特に中国では、国からの要請にGoogleが屈し、国益に反するサイトが検索に引っかからないようになっている。
意図的な情報操作、意識操作が行われている。

また、わざわざGoogleが八分を行わなくても、通常の検索を行うだけで我々の知識、考え方はGoogleの意向に沿ったものになっていしまっている。
我々が検索結果を見るとき、平均20,30件の結果を見る。
これらの中から、自分の求めていた情報も見つける。
しかし、この裏には何十万件、何百万件のウェブが存在している。しかし、見られることはない。
Googleの検索結果の上位にくるWebが世界のすべてであり、真実なのである。
これと同じことは他の検索エンジンにもwikipediaにも言えることである。

Googleは神なのか?
私の答えはYesである。
現在地球上でもっとも全知全能、そして我々を支配している存在である。



『「生きづらさ」について』

2009 05 02
2つ目にして、情報学とは離れたような・・・。
しかし、情報学とは関係ない学問はないと言ってもいいぐらい、他の学問とくっつくのが情報学。
なので、これも立派な情報学。

「生きづらさ」について (光文社新書) 萱野稔人 著、 雨宮処凛 著

特に興味をひかれた概念は、
下流に生きる人たち(ワーキングプア・派遣・フリーターなど)は自分の居場所を見つけることができない。職場という普通の社会人ならもっている所属を持たない彼らはアイデンティティが揺らいでいる。
また、外国人労働者達と同じ立場で働き、生きなければならない彼らはアイデンティティを国に求める。日本人であるということが、彼らの最後の居場所なのだ。
これらにより、下流層が右翼(あるいは左翼)に傾倒する。

なーるほど。下流層は経済的にも苦しいが、精神的にも苦しいことがわかる。
地方なので、右翼・左翼の活動があまり表面に出てこないので想像にしくいが、理論的には納得できた。


最低賃金というものは「健康で文化的な最低限度の生活」が営める賃金ではなく、企業が人件費として払うことの出来る金額で決まるというのが衝撃的だった。
最低賃金をもっと上げない理由は、最低賃金を上げると中小企業が潰れるという理由だという。
常識的に考えておかしい。

ここまで非正規雇用の増えたのも経団連のロビー活動の賜であり、派遣の原則自由化が原因だろう。
まず、国が今すぐに製造業への派遣を禁止するべきである。

内需はダメだ、若者は消費しないと言われるたびに思う。
誰がそうした?
物作ってる会社の従業員が、自分のとこの商品も買えないような賃金で雇っておいてよく言うな。
トヨタのラインに派遣された人が、トヨタの車を買えるか?買いたいと思うか?
本書のなかで、「希望は戦争」論の筆者が、正社員の賃金を非正規並みにする意見に賛成していた。
現実的な解決方法は、非正規社員の賃金を上げることだ。
現在は市場経済が「囚人のジレンマ」の状態にある。すべての企業が低賃金で従業員を雇うため、消費も少ない。すべての企業が従業員にしっかりとした賃金を払えば消費も増え、景気がよくなる(インフレ)。
それを実現するには、国が舵をとり、最低賃金の上昇から始めてもらいたい。


現在日本では、下流層が所属出来るコミュニティが求められている。
図らずしも自殺サイトなどがその役割を負ってしまっているのかも知れないが…。
格差是正を問えるSNSなどのネット上のコミュニティと、行政にその活動を示すNPO的ななにかが求められていると感じた。



『ウェブ進化論』

2009 05 02
最初に紹介する新書は、既読の方も多いかと思うこの本。

ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる (ちくま新書) 梅田望夫 著


情報学を学ぶ人の最初の一歩に最適な一冊。
全国の情報学部生、特に社会学寄りのひとは1年生の時に読むべき。
現在のネット社会のあり様か分かり、ネット社会への見方が変わります。
そんなこと書いてる私は、3年の終わりに読みました。ハイ、バカでした。

本書ではネット社会の可能性・希望が見えてきます。
Web2.0の成功者google、amazon、wikipediaの例などをもとに、ウェブの持つ特質を明らかにします。
特に惹かれた概念としては、「限りなく0×限りなく∞=something」「群衆の叡智」。
まさにWebの特性である、大多数のユーザの参加というものを、どのように有効活用すべきなのかが、考えさせる。

ネット社会の光の部分を取り上げてるが、技術のないネット住民はこの大きなネットに流れに乗れないことを暗に示している。
オープンソースにしろ、動画サイトへ投稿するコンテンツにしろ、技術力のあるクリエイティブな人々が作る文化だ。
本書のなかで「学習の高速道路化」という概念が紹介されているが、それも好奇心と行動力があればこその活用できるもの。
ネット住民の大多数はコンテンツを受け取るだけの、受身的、無気力的な、立ち場にあり、これら住人のことは本書では触れられていない。
これらのネット住民をうまく取り込むようなシステムがより求められている。
一般ネット住民がいきなりオープンソース参加することはできないが、アマゾンの書評を書くことができるように・・・。
しかし、これらのように一般ネット住民を無気力とみなしてシステムに組み込まれると、一般市民はずっと無気力のままである。
ネット・リアル問わず、この無気力層を好奇心あふれるクリエイティブ層に持ち上げるシステムはないものか?
若者が無気力なのは、こころの情報学 (ちくま新書)では、情報の氾濫から身を守るために、思考停止を行っていると分析されていた。
うーん・・・。この問題については引き続き考えていきたい。

また、本書を読んで考えたことで、次なるチープ化としては、お金の流動コストを挙げたい。
ネット社会でのお金の流動はクレジットカードや振込か主である。
しかし、これらに代わる「容易」で「限りなくコスト0」「個人が集金できる」のお金の流動システムがビジネスチャンス?
現状ではネットバンキングが近いが、わりとめんどくさいし、同行内の口座しか振込手数料が無料にならない。

まぁ、本書によって、私はブログを書こうと思った。
もしもまだ読んだことない人は一読するとこを勧める。



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